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December 24, 2007

武田・上杉書簡について

先日長野で山田邦明氏の武田・上杉氏の書簡に関する講演があったそうですが

ご覧になった方いらっしゃったらコメント欄で解説いただけないでしょうか?

個人的にすごい興味のある演題なので

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Comments

お待たせ。

総時間1時間半、内容は三部構成でした。
1.書状による軍事指令(上杉謙信の命令)
2.使者の役割(武田勝頼と上杉景勝の交信)
3.書状に込められた願い(武田滅亡の前夜)

1.は、永禄11年(1568年)の武田軍の再度の北上に対し、謙信が現地(北信濃)に綿密な連絡網を敷いて作戦指示を出していた様子を解説。

2.は、天正6~8年にかけての、甲斐-春日山間の使者の往復の実態。甲越同盟の武田側の外交担当は当初、臨時雇いの僧侶が起用、後に正規の武士が随行する形をとった(上杉側は最初から武士が外交を担当)。両国の外交は、これらの使者たちの頭脳に支えられていた。
あわせて、山崎専柳斎から樋口与六宛てに、勝頼の使者と景勝とを対面させる準備についての連絡文書を紹介。

3.は、天正10年2月~3月の期間、余裕のそぶりを見せながら景勝に派兵を要請する勝頼、甲斐の実情を越後在住の同僚に告げて援軍要請を促す武田家臣、「勝頼滅亡たちまちに当国に帰す」、勝頼の次は自分の番と気をもむ景勝、越後に仕える理由を率直に吐露する北信濃人・岩井信能の書簡を紹介。
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あらましはこんなところです。

Posted by: 鶴居村 | December 26, 2007 at 12:04 AM

>鶴居村さん

サンキューです、感謝です(^^)

Posted by: トラマ | December 26, 2007 at 09:03 AM

どーもです。
詳しい内容は、やはり長野歴史館に当日のプリントを依頼されてはいかがかと。
企画展の資料も役にたつかもしれません。

ちなみに山田氏は、講演を聞いてのワタクシの印象とはまったく逆で、勝頼・景勝を「優秀な後継者」と想定しておられました(^^;)

Posted by: 鶴居村 | December 26, 2007 at 11:30 AM

なるほど・・・山田氏とはお友達になれそうだw

Posted by: トラマ | December 26, 2007 at 05:29 PM

>なるほど・・・山田氏とはお友達になれそうだw

声の小さい方で、録音に失敗しましたw
講演のプリントで不明な部分があれば、記憶が残っていれば質問OK。時間が経つと忘れるかも。

Posted by: 鶴居村 | December 27, 2007 at 08:36 PM

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