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April 08, 2006

鳥取遠征 鳥取城編

実は今日(8日)からお城祭りをやってるそうです。

もう一日ズレていればよかったかな(笑)

_206  大手門付近から撮影。

 桜が咲き乱れており、花見客がけっこういました

                                                             

_207  鳥取城は本来は後方の久松山に築かれた山城でした。

 それを近世に入って山麓まで規模を広げたのが今の姿

                                                             

_208  大手門の橋を渡る途中で撮影

 やっぱり桜が美しい

                                                             

_209  城内に明治に入ってつくられた仁風閣

 詳しくはリンクをご覧ください(手抜き)

                                                             

_210   城門です。

  保存されてたのか移築したものかどうか忘れました(^^;

                                                             

_211    石垣です。かなり高い石垣でした。

  鳥取藩のもう一つの城である米子城よりも石垣は高い

                                                             

_212   二の丸に作られた登り石垣です。

  朝鮮で築かれた倭城によく見られる作りですね。

                                                             

_213   二の丸(実質本丸)の御三階櫓の櫓台から見た鳥取市街

 山上の天守閣が焼けた後、事実上の天守閣でした

                                                             

_215  二の丸からさらに上の天球丸へ行く途中にある石垣

 積み方から判断して戦国時代の頃に近い(もっと前か)

                                                             

_214  二の丸に植えられた桜の木です。

 今頃はお城祭りでにぎわっていることでしょう

                                                             

_217  最後に吉川経家像です。

 あくまで個人的意見ですが彼は悲劇の人ではあったけど

 顕彰するほど鳥取に貢献したとは思えないんですが・・・

                                                             

格好が格好なので(スーツに革靴)山上の本丸は行きませんでした。

まあ行く時間も無かったのもありますけどね。 

中世城郭と近世城郭が微妙に組み合わさった城というべきでしょうか。

江戸時代は32万石の池田家の本拠とされただけあって

規模はかなり大きいです。

建っていた建物だけみれば支城の米子城のほうが5層の天守などがあって

立派なんですが石垣や堀、城下町の規模はやはり鳥取のほうが大きいですね。

米子城の大天守を久松山に移したらさぞかし見栄えのする

立派なものとなっていたでしょうね。

すぐに落雷で燃えちゃいそうですが(^^;

余談ですが私が好きな上杉家ももし会津に転封されなければ

春日山城も鳥取城のような石垣作りの近世城郭に変貌した可能性が

あったかもしれません。 

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