« ウルトラマンネクサス30話 | Main | ジーコオールスターズ発表 »

May 09, 2005

上杉景勝に見る二代目の重要性

どこの組織でも二代目三代目の人材に苦労があるようです。
例えば今やっている大河ドラマですが平家も源氏も二代目以降に
人物を得られているとは言い難いです。
戦国時代も同様でして徳川家が天下の覇者となったのは
二代目へのバトンタッチがうまくいったのと引き継いだ人物(秀忠)が
初代(家康)とは違った個性で組織を引っ張っていくだけの器量を
持ち合わせていたことも要因でしょう。
初代と言われる人物からわずか数代で滅亡した大名家は
①二代目に人を得なかったか(豊臣・今川・大友・竜造寺など)
②状況が切迫していて引継ぎがうまくいかなかった(織田・武田・長曾我部など)
のいずれかでしょう(織田家は二代目も初代と一緒に死んでしまったからねェ)

私が題材にしようとしている戦国期の上杉家も
上記の大名家と似たようなものでした。
謙信の後を引き継いだのは景勝、紆余転変の後に米沢藩初代藩主となります。
彼は二代目の地位を保証されて継いだ人物ではありません。
文字通り「勝ち取った」二代目です。
彼の生涯をわかりやすく紹介しているのはこちら
その経緯(御館の乱)については触れませんが
武門の家上杉家の家風を作ったのは間違いなく景勝です。
この人は先代謙信のような派手な経歴はありませんが
内政面、特に家臣団の統率力は謙信以上と言っていいでしょう。
謙信はしばしば家臣の反乱に悩まされますが
景勝時代で家臣の反乱は新発田重家の乱(1581~87年)くらいです。
もっともこの新発田の乱のおかげで上杉家は天下に雄飛する機会を
逃したともいえるのですが。
もちろん越後から会津・米沢への国替えなどの外部要因も
ありますので単純に謙信時代と比較はできないですけどね。
関ヶ原の一件で石高を減らしてしまったという失点はありますが
大阪の陣における上杉家の戦闘ぶりから
徳川将軍家をはじめとして
「謙信公以来の弓矢の勢い、未だ衰えず」
と称えたくらいですから上杉家の家名を残すということと
謙信の家の武名と誇りを残すという二つの命題を
生涯かけて守り抜いた人物といえるかもしれません。

|

« ウルトラマンネクサス30話 | Main | ジーコオールスターズ発表 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/96812/4053593

Listed below are links to weblogs that reference 上杉景勝に見る二代目の重要性:

« ウルトラマンネクサス30話 | Main | ジーコオールスターズ発表 »