« 4月14日山陰遠征 仕事編 | Main | ホーム第三戦 VS神戸 »

April 15, 2005

山陰遠征 戦国オタ編(^^;

毎回出張するたびに必ず歴史的名所を見に行ってしまう。
今回は倉吉でそれをやってしまいました。
倉吉というと名前の通り土蔵がいっぱいあって風情のある町なんだけど
そんなのに目もくれず打吹山へまっしぐらでありました。
この打吹山には中世の山名一族がこの地方を治めていたころからの
古い城跡があって、前に倉吉へ行った時に登頂するつもりだったんだけど
その後鳥取市へ行くことになっていたために断念。
で、今回行ったわけです。
天候もいいし藪や蚊もいないいい時期に山城を登れたんだなぁ、と思いました。

まずは打吹公園の桜です。
_010

その後さっそく登頂、道も整備されていているので気軽に登れます。
もっともワイシャツ・ネクタイ・革靴で登る輩などまずいないだろうが(^^;

_011
途中見晴らしの良い所で撮った倉吉市街です。
この打吹山と天神川という川をはさんで向かいの山には田内城という城がありました。

_012
これは山頂近くに転がっていた石です。
明らかに加工したあとがあります。
この石を見るだけでも石垣を組んだ本格的な城であったことが想像されます。

_018
山頂の天守台跡と思われる部分です。
ここにも石垣の跡がありますね。
伝承では倉吉城(打吹山城のこと)の天守閣が米子に移されたという説もありますから
2層ないしは3層クラスの建築物が存在した可能性があります。


毛利家と豊臣家との境界線に近い地域にあったことから
この地域を支配していた南条氏が豊臣家の支援で近世城郭に作りかえた可能性が
高いように思えます。
南条氏の本拠は隣の湯梨浜町にあります羽衣石城ですが
倉吉がかつて国府および守護所があった所でもあるので打吹山城を拠点とした可能性は
非常に高いものと思われます。
豊臣家にとって毛利家に対する最前線でもあったので
大々的に築城支援をおこなって石垣作りの本格的な城にしたのではないでしょうか?
江戸幕府の一国一城制により破却されましたが、利用もできないくらいまで
破城されたのは農民一揆が起きた際に利用されるのを防ぐためでしょう。
似たような理由で佐賀の名護屋城跡などがありますから。

しかし帰るのはマジで大変だった(汗)

|

« 4月14日山陰遠征 仕事編 | Main | ホーム第三戦 VS神戸 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/96812/3713336

Listed below are links to weblogs that reference 山陰遠征 戦国オタ編(^^;:

« 4月14日山陰遠征 仕事編 | Main | ホーム第三戦 VS神戸 »